長瀬川

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王仁子孫

          秋の宴や

                    長瀬川

 

八尾市を貫流する長瀬川はその昔、博多川と呼ばれていました。その博多川で、王仁の子孫の葛井、船、津、文、武生、蔵の6氏族の男女230人が歌垣をして、孝謙女帝を慰めたと『続日本紀』は伝えています。770年(宝亀元年)のことで、その模様は「青色の衣を着て、紅色の紐をたらし、男女2列に並んで、乙女らが男に立ち添い・・・清くさやけし博多川」というもので、優雅で少しばかりお色気も感じられます。今でいうフォークダンスのような感じでしょうか。王仁子孫の繁栄ぶりがうかがわれます。

 

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このページは、KSYが2010年4月17日 23:21に書いたブログ記事です。

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