飛鳥部神社

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飛鳥戸の

    祭祀終え王仁

           すすき愛づ

 

『日本書紀〈雄略紀〉』は、「飛鳥戸郡の人田辺史伯孫の女は古市郡の人である書首加竜の妻である」と記しています。書首は王仁の子孫で、田辺史も渡来人といわれていますから、渡来人同士の結婚であったということです。飛鳥戸神社のある飛鳥(asu-ka)の地は、近つ飛鳥と称される地で、現在の大阪府東部一帯を占めています。そこには応神天皇陵を代表とする大きな古墳群の集中地で,4世紀末から5世紀頃の王朝の中心地とみられています。さわやかな秋の休日、その飛鳥戸神社に参拝し、祭祀(チェサ)にも参加させていただきました。現在の祭神は素戔鳴尊ですが、実際は百済武寧王の父といわれる昆伎王ということです。村人もそう思っていて、渡来人の子孫だと語っていたのが印象的でした。そのあと、近くにある観音塚古墳のある丘に登りました。すすきが太陽に反射してまぶしい日でした。

 

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このページは、KSYが2010年4月17日 23:26に書いたブログ記事です。

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