土塔

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初夏土塔

   瓦の壇に

       行基知る

 

行基菩薩の生まれた家原寺の近くには、行基様がつくった四十九院の一つだった大野寺があり、大野寺土塔があって土塔町となっていいます。土塔というのはお墓のことですが、瓦を一枚一枚積み上げて、ピラミッドのように造り上げています。その瓦一枚一枚に、その瓦を寄贈した民衆の名前が刻まれているということが、出土した瓦から分かりました。土塔の人名瓦として世に有名になりました。民衆の絶大な支持を受けた行基菩薩は、時の権力者である藤原不比等らに大きな不安を与え、一時期、弾圧も加えられましたが、そうした弾圧にも屈せず、寺院を作り、橋を架け、布施屋を立て、そして土塔も作りました。土塔は、一辺が五四メートル余の土山で、方形の古墳と見る学者もいましたが、実は大野寺の塔婆(供養追善のため墓に立てる、上部を塔形にした細長い板。梵字・経文・戒名などを記す。板塔婆)として築かれたものでした。民衆とともに活動した行基菩薩の土のにおいのする貴重な遺跡だといわれています。

 

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このページは、KSYが2010年4月17日 23:28に書いたブログ記事です。

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