此花区

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王仁歌う

   花にちなむや

         此花区

 

 1925(大正14)に当時の北区および西区の一部の合区して誕生した此花区の名称は、王仁博士が詠んだ「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」という『難波津の歌』にちなんだものです。 その『難波津の歌』の和文・ハングル歌碑が、コリアタウンの御幸森天神宮に建立され、1031日に除幕式が行われました。その此花区から、1943(昭和18)福島区が分離して、西淀川区の伝法、高見地区を編入し、福島区が誕生しました。

 『難波津の歌』は紀貫之らが編さんした『古今和歌集』でそのように詠んだといわれています。『古今和歌集』は、歌としての形を整えた集大成の歌集と評価されています。つまり、和歌の基本が整えられ、中身も豊かになって、『万葉集』のような朴訥さがなくなったということです。

 

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このページは、KSYが2010年4月17日 23:33に書いたブログ記事です。

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