百済門

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身を正し

  冬百済門

    王仁拝す


 

 伝王仁塚は大阪府指定の史跡公園として整備されつつありますが、大阪日韓親善協会、2010年1月現在の会長は中川和雄元大阪府知事でですが、毎年11月3日の文化の日に、枚方市藤阪の伝王仁塚で「王仁まつり」を開催し、日本に千字文と論語を将来した王仁博士を慰霊しています。この慰霊祭には、王仁博士の出身地であるかつての百済の地、全羅南道霊巌郡から郡守ら、また地元から枚方市長や教育委員会の関係者らも参加することが恒例になっています。

 そうした関係で、伝王仁墓の区域に2006年10月14日、「百済門」が竣工しました。この百済門の造作には、在日韓国・朝鮮人を中心とする宝塚、京都、東京の三つ王仁ライオンズクラブが大きな募金をして貢献したと聞いています。本来なら、王仁博士は日本文化の偉大な功労者ですから、日本社会から厚志をもって遇されてもいいと思うのですが、なぜか、冷たい空気を感じます。

 王仁博士は、百済から渡来しましたが、その子孫は完全な日本人です。王仁博士にしてみれば、子供に捨てられた親のような心境ではないでしょうか。「論語」などによる人間修養を怠ると、心の美しさは失われ、美しい日本も失われると思います。そう思うと、百済門に立ち、身を正して、マフラーで北風をよけながら、こうした現実を王仁博士に報告せざるを得ませんでした。

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このページは、KSYが2010年4月17日 23:40に書いたブログ記事です。

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