伽羅橋

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伽羅橋に

  王仁香残るや

     残暑かな


 日本で最も短いといわれる南海電鉄高師浜線は、羽衣駅、伽羅橋駅、高志浜駅の三つで、羽衣駅が始発ですから実際は二つの駅しかありません。残暑厳しいなか、その一つ目の伽羅橋駅でおりました。伽羅は、加羅諸国の加羅と同じだから、「から」と読むのだろうと思っていましたが、駅名には「きゃら」となっていました。

 その伽羅(きゃら)を辞書で引いてみますと、梵語の多伽羅(たがら)という語の略とされ、香木のなかでも最も珍重された〝香り〟の天然香料の沈香(じんこう)だということです。伽羅橋駅前にある「大雄寺由緒」の説明に、千貫橋とも伽羅橋とも呼び大雄寺門前にあたる橋(芦田川)であったといい、またある人が「この橋板が沈香という香木で鎧(よろい)千貫の価値があったという」とありました。伽羅橋駅前はその昔、大雄寺という寺の境内で、建立されたのは14世紀の南北朝ということです。

 金達寿さんは、「本町羽衣領の芦田川に架せる旧伽羅橋は、当時伽羅国人の日本を頼って来た者此の附近に居住し此の橋を造った事に依り、国名をそのまま橋の名称としたのである。同国人の居住は其の後、百済人移住帰化したものと同様、海運の便良き地を選んで卜定したのであろう」と紹介しています。であれば、伽羅は、加羅、つまり「から」と読んでしかるべきで、どうして「きゃら」になったのか、はなはだ不思議な現象ですね。

 伽羅人が渡来してきたことは公然の秘密のようなもので、隣接地が高師浜という地名であってみれば、伽羅人のなかに王仁博士の一族、子孫も含めて、居住していたのではないでしょうか。



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このページは、KSYが2010年4月17日 23:57に書いたブログ記事です。

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