MBCテレビ局「王仁特番」取材同行記〔初日〕

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〔初日〕5月7日(金) 千字文講義
 初日は、古代ロマン塾が金容海先生を招いて開催する「千字文講義」でした。教室は鶴橋駅前のビルの一室で30人余りが集いました。主催者は私、姜信英ですから、MBCのスタッフの方々、ペク・ジェフン(プロデューサー)、イ・ギョンス(カメラマン)、アン・ジュンサン(通訳)の3人を紹介し、次のように挨拶しました。
 千字文の勉強を通じて、日本の基礎を築いた王仁博士の偉大さを再認識し、王仁博士を知ってもらうために活動したいと思います。あるとき、「王仁を知っていますか」と尋ねますと、「動物園にいるワニですか」と逆に尋ねられて困惑したことがあります。正しい歴史を学ぶ、それがあっての日韓親善だと思います。最後に「千字文 王仁が伝えし 宝なり 楽しく学び 広く広めん」という拙い短歌を紹介しました。
 金容海先生のお話は次のようなもので、「ハヌルチョン、タジ・・・」と朗詠する響きは声も透き通り実に美しいものでした。参加者の皆様も感激ひとしおのようでした。
 子供の頃に習った千字文が懐かしいし、習いたいという要望があって、1973年に1年間、手書きのテキストを作って教えたことがある。漢文教育は、千字文から始まり、まず読み、板に書くという調子で、七つの子供の朝から晩までの日課だった。
 千字文は子供を対象にした教科書で、字を覚えるためのものだ。千字文は中国の歴史を包含していて、宇宙から始まり、気象、王様の歴史、礼儀、道徳という内容になっていくが、体を前後に振ってリズムをとり、暗記していった。10日に1回試験があって、悪いと鞭、ポプラの木とか柳の木でふくらはぎをしばかれた。遊びの好きな子供には意味のわからない千字文を覚えることは苦痛だった。
 書堂で漢文の勉強を6年間したから、いまでも千字文を暗誦できる。千字文→啓蒙篇→童蒙先習→明心宝鑑→小学→論語→孟子→大学→中庸→史記→通鑑→春秋→礼記→周易の順で習う。書堂で千字文を勉強していたが、植民地時代だったから、学校へ行けということで、書堂の姿がなくなっていった。通名でなかったり、朝鮮語を使ったりすると先生からどつかれたし、告げ口されてどつかれる時もあった。
 現在使用されている「天地玄黄。宇宙洪荒」の千字文は、梁の時代の周興嗣が、武帝の命を受けて、王義之の書き残した書のなかから重複しない文字一千字を選び写しもの。その苦心のため周興嗣は頭髪が真白になったという伝説がある。
 しかし、これより以前に魏の鍾ヨウの千字文という別種のものがあり、王義之に奉ったという記録がある。その冒頭は「二儀日月。雲露厳霜」とあり、この王義之が書き残した千字文を周興嗣が次韻したということになる。日本書紀・応神紀によれば百済の王仁が論語と千字文を伝えるとあるが、この千字文は鍾ヨウの千字文であるとするのが通説である。


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このページは、KSYが2010年5月 7日 03:14に書いたブログ記事です。

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